大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)9885号 判決 1987年8月07日
原告
清水好春
右訴訟代理人弁護士
山田庸男
同
鈴木敬一
同
池谷博行
被告
木津信用組合
右代表者代表理事
花崎一郎
右訴訟代理人弁護士
木下肇
同
土谷明
主文
一 被告は原告に対し、金二〇四八万九〇〇八円及びこれに対する昭和六〇年一二月六日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和六〇年四月二四日被告との間で、訴外株式会社ジェーピーシー(以下訴外会社という。)を主債務者とする金二〇〇〇万円の限度保証契約(以下本件保証契約あるいは本件保証という。)を締結した。
2 原告は、右保証契約に基づき被告に対し、昭和六〇年五月一〇日、同年六月二七日、同年一〇月七日の三回にわたつて、保証債務及び延滞利息としてそれぞれ一〇万円、一〇万円、二〇二八万九〇〇八円の合計二〇四八万九〇〇八円を支払つた(以下右各支払を本件各支払という。)。
3 しかし、本件保証契約は、原告の保証の意思を欠くもので無効である。
すなわち、原告は、昭和六〇年四月二四日被告との間で訴外会社の債務につきその所有土地に根抵当権を設定することを承諾したが、右根抵当権を設定するにつきそれらに必要な書類に原告が署名・捺印するに際し、被告の堺支店長代理城間(以下城間代理ということがある。)が本件限定保証約定書(甲第一号証、以下本件保証約定書という。)を右書類にまぎれ込ませ、原告に署名・捺印させたものである。
4 仮に保証の意思を欠くものでないとしても、本件保証契約は、原告の要素の錯誤に基づくものであり無効である。
すなわち、原告は、訴外会社の代表者である原告の兄清水博(以下博という。)、被告堺支店長川元(以下川元支店長という。)、城間代理らから「融資を受ければ秋ころまでには立ち直る。」との説明を受け、これを信じ、保証契約に応じれば訴外会社が不渡りを回避しうるものと誤信して保証契約を締結した。ところが、訴外会社は翌二五日に不渡りをだし、倒産した。このように、原告の意思表示には重要な錯誤があり、かつその動機も表示されていたからである。
5 また仮に無効でないとしても、本件保証契約は被告の詐欺によるものであるから、原告は本件訴状送達によりこれを取り消す旨の意思表示をした。
すなわち、被告は、昭和六〇年四月二五日に訴外会社が倒産することを十分に予知しながら、被告の債権保全のため、「連帯保証すれば訴外会社は秋ころまでには立ち直る。」「間違いない。」などと原告を欺罔し、その旨原告を誤信させて本件保証契約を締結させた。
6 よつて、原告は被告に対し、前記保証契約の無効ないし取消による不当利得返還請求権に基づき、被告に対して支払つた金二〇四八万九〇〇八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一二月六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 同1の事実は認める。
2 同2の事実も認める。
3 同3の事実は否認する。
原告は、本件保証約定書の内容について熟知したうえこれに署名・捺印したものである。
4 同4の事実も否認する。
本件保証契約締結当時、訴外会社は右契約締結後に実行される予定であつた二〇〇〇万円の融資により当面の資金難は回避され得る状況にあり、訴外会社の倒産は不測の事態であつたものである。このように訴外会社の倒産は、四月二四日の段階では予想し得なかつたことであり、その意味で原告には錯誤はなかつたものである。
5 同5の事実も否認する。
川元支店長は、原告に対し博が説明をした後に同人の説明と同一内容の話しをしたにすぎず、かつその内容は従来被告が博から受けていた説明と同一内容のもので極めて抽象的なものであつた。すなわち、被告には虚偽の事実を告知したという認識すらなく欺罔したとは到底いえない。
三 抗弁
(錯誤の主張に対し)
1 重過失
原告は、本件保証契約を締結する以前博から、被告から融資を受けるため再三担保提供の要請を受け、直前の四月二三日にも同様の要請を受けていたものであつて、訴外会社が資金困難な状況下にあることを十分に認識しえたはずである。ところが原告は、訴外会社の経営状況や資金状況等の詳しい説明を求めず、単なる「何とかなる」程度の説明を軽信し本件保証をしたものであつて重大な過失がある。
2 非債弁済
原告は、本件保証契約が錯誤により無効であり、原告に保証債務の支払義務がないことに気付きながら、被告に対し本件各支払をなした。
(詐欺の主張に対し)
3 法定追認
仮に被告が原告を欺罔したとしても、訴外会社倒産後、原告は被告の営業所に来店し、本件各支払をなした。右各支払は、原告がその主張する被告の詐欺の事実を十分に認識しながらなされたものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
原告は、訴外銀行の取引金融機関である被告堺支店の川元支店長が、「訴外会社は秋頃までには立直る。」との説明をしたことを信じたものであり、取引先の経営状態を把握すべき金融機関の支店長の説明を信じたことに重過失はない。
2 抗弁2の事実のうち、被告に対し、本件各支払をなした点は認める、その余の事実は否認する。
3 抗弁3の事実中被告に対し本件各支払をなした点は認める、その余の事実は否認する。
五 再抗弁
(法定追認の主張に対し)
原告は、本件各支払をなす際、保証債務の存在について異議を留めた。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(本件保証契約の成立)、2(本件各支払)の各事実は当事者間に争いがない。
二請求原因3の事実(保証意思の不存在)について
成立に争いのない甲第一号証と証人城間の供述によれば、原告は本件保証契約を締結する際、右保証の意思を有していたと認めるのに十分である。右認定に反する原告本人の供述は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三請求原因4の事実(錯誤)について
1 <証拠>によると、次の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 訴外会社は、昭和五九年九月に衣料雑貨、食品などの販売を業とする会社として設立され、設立時から直ちに被告との取引を開始した。その経営は、当初数か月間こそ順調であつたものの、翌昭和六〇年一月ころ受取手形の不渡りが発生し、同年二月ころからはさらに右不渡りが増加し、急速に悪化していつた。そのために、それまで同社の代表取締役博の父(原告の父でもある)清水清一所有の不動産を担保として被告から融資を受けてきたが、さらに追加担保を要求されるようになつた。そこで博は、再三原告に担保提供を依頼したのであるが、原告は訴外会社の経営に不安を抱き、再三の博の依頼を拒否し続けてきた。
(二) 訴外会社の経営は、その後の被告からの融資にもかかわらず受取手形の不渡りは増加する等悪化の一途をたどり、昭和六〇年四月二三日当時には、同月二五日に決済されるべき債務として、被告への一〇〇〇万円の割引手形買戻金債務、第三者への八八〇万円の借入金債務があり、さらに大阪相互銀行で決済すべき同社振出の五五〇万円の支払手形があつた。そこで博は、少なくとも右大阪相互銀行分を除く約二〇〇〇万円については被告から右同額の融資を受け決済しようと考え、被告堺支店の川元支店長や城間代理に原告の説得を依頼し、同月二三日夕方川元支店長らを同行の上岸和田市内の原告方に赴いた。
(三) 博ら三名は、まず右二三日の午後六時ころに原告方の近所の喫茶店で原告と会つた。そして博は、被告から本件融資を受けたいので担保提供に応じてくれるよう依頼したが、原告はその場ではこれを拒否し、右川元支店長らともほとんど挨拶もしないまま帰宅した。
そこで博ら三名は、改めて同日午後八時ころ原告宅を訪ずれ、原告もとりあえず話だけは聞いてみようということで三名を同人宅へ通した。
その場で博は、被告から二〇〇〇万円の融資が受けられれば同年秋ころまでのつなぎ資金としては十分であり、したがつて、右融資が得られれば訴外会社の経営は秋ころまでには立ち直る、是非とも担保提供に応じて欲しい旨の依頼をした。しかし原告は、融資額が二〇〇〇万円という高額であることや、訴外会社の経営ことに業績回復の見通しに強い不安を抱いていたことから、同席している川元支店長や城間代理に、訴外会社は本当に大丈夫であるのか等その点の確認を求めた。そこで川元支店長や城間代理は、今その程度の融資を受ければ秋ころまでの決済資金としては大丈夫であり、訴外会社は秋ころまでには十分立ち直る、私共は大丈夫ではない会社には融資はしないと答えた。
このように博の説明と同趣旨の川元支店長らの説明がなされたことから、原告もようやく安心し、担保提供を了解し、翌二四日正式に契約書を作成することになつた。
(四) 翌二四日午後八時ころ、博と城間代理が再度原告宅を訪ずれ、その場で原告は根抵当権設定契約書(甲第三号証の一)に署名捺印すると共に、あわせて本件保証契約書(甲第一号証の限定保証約定書)にも署名、捺印した。なお、根抵当権設定契約についての他の必要書類の作成は、当日原告が権利書を用意していなかつたために後日これを行うこととなつたが、翌二五日に後記の不渡りが発生したため、結局作成されないままとなつてしまつた。
(五) 本件保証契約が締結されたことから、被告は翌同月二五日訴外会社に二〇〇〇万円を融資し、そのうち一〇〇〇万円は直ちに訴外会社の被告に対する割引手形買戻資金に充当され、残金の内八八〇万円を博は現金で引き出し、被告の堺支店内で直ちに借入先に返済した。
ところが、訴外会社は、前記のとおり同じ二五日に大阪相互銀行で決済すべき五五〇万円の支払手形があつた。そして訴外会社は右決済資金調達の目途が立たず、博は同日午後三時ころ被告堺支店に赴き、川元支店長にさらに右手形決済資金として五五〇万円の融資を依頼した。しかし、同支店長はこれを拒否し、このために結局訴外会社は同日不渡りを出し、倒産することになつたものである。
2 前記認定事実を前提に原告の意思表示に要素の錯誤があつたといえるか否かを判断する。
(一) 原告は、訴外会社が被告から二〇〇〇万円の融資を受けることによつて当面の資金難による不渡り、倒産という事態を回避し、昭和六〇年秋ころまでにはその経営を立て直すことができるという趣旨の博の説明及びこれを裏付ける川元支店長ら被告の担当者の説明を信じて本件保証をしたものである。したがつて、被告から二〇〇〇万円の融資を受けたとしても、翌日に迫つた不渡り、倒産の事態を回避できず、その経営を立て直すことが不可能ないしは極めて困難な程に訴外会社の経営が破綻していたとすれば、原告が本件保証に応じなかつたことは明らかである。
(二) ところで博は、大阪相互銀行の五五〇万円の決済資金はこちらで独自に工面がつく予定であつた、と供述している。しかし、同証人は、右入金予定であつた取引先は記憶にないと供述する等その内容は極めてあいまいである。のみならず、仮に入金予定の取引先があつたとしても、現実に翌二五日には右取引先からの入金はなされず、しかも、それが送金手続上の手違い等何らかの一時的な事故によることをうかがわせる資料も全く提出されていない本件においては、右入金先自体も当時すでにその支払能力を失つていたものと推認せざるをえない。ことに、昭和六〇年一月以来受取手形の不渡りが再三発生し、これが訴外会社の経営を急速に悪化させていたことから考えれば、訴外会社の取引先には、信用の乏しいもの、あるいはその経営が破綻寸前のものなどがかなりの数あつたものと考えられるのであつて、このことも前記推認を裏付けるものといえる。
このようにみれば、訴外会社の経営は、前記のとおり二〇〇〇万円程度の融資では翌日に迫つた不渡り、倒産の事態すら回避できない程度に破綻していたものと考えるほかはない。
(三) 以上のとおり、原告は博及び川元支店長ら被告担当者の説明を信じ本件融資を受けることによつて訴外会社が経営を立て直せるとの期待の下に本件保証契約を締結したものであるが、実際には訴外会社の経営は本件融資を受けたとしても翌四月二五日の不渡りを回避しえない程に破綻していたものである。したがつて、本件保証契約を締結するに当たり原告の意思表示にはその成立の過程で、動機の点で重大な錯誤があつたものであり、しかも、右の動機は本件保証契約締結の際には、原告と被告間においては当然の前提とされていたことは明らかであるから、右の錯誤は要素の錯誤に該当するのもというべきである。
四抗弁について
(一) 抗弁1(重過失)について
原告は、単に博の、秋ころまでには立ち直る、との説明だけではなく、さらに訴外会社の取引先の金融機関である被告堺支店の川元支店長らに説明を求め、被告は大丈夫ではない会社には融資したりはしない等の博の説明を裏付ける同人らの言を信じて保証人になることを承諾したものである。このように、当の融資を行おうとする金融機関の担当者の説明を求めた以上、保証人としても一応の調査を行つたものと評価することができる。したがつて、原告に、重過失があつたと認めるわけにはいかない(付言する。川元支店長ら被告担当者は、他に決済予定の手形等の有無、その資金繰り等の調査も一切しないまま、秋ころまでには立ち直るとの博の言を軽信し、原告を説得した点において(被告は、川元支店長は、博の説明の後に同人の説明と同一内容の説明をしたにすぎず、その内容も極めて抽象的なものであつたと主張している。同支店長が、自らの役割をどの程度に認識していたかはここでは問題ではない。指摘されねばならないのはその客観的役割であつて、原告が従来博の再三の担保提供の要請を拒否してきたこと、そのために博が川元支店長らに原告の説得を依頼した等前記認定事実によれば、川元支店長らの右説明は、原告が本件保証をするについての正に決定的な動機づけをなしたものと認められる。)金融機関としては極めて軽率であつたというほかはない。このような自己の軽率さ(過失)を棚上げにして、原告の重過失を主張すること自体が誠実な取引原則に照らし許容しえないものというべきである。)。
以上のとおりの理由により抗弁1は採用できない。
(二) 抗弁2(非債弁済)について
原告が本件各支払をなす当時、保証債務の不存在を知つていたとの点についてはこれを認めるに足りる証拠はない。むしろ原告本人の供述と弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。訴外会社の倒産後、原告は被告組合に赴き担当の原田管理部長と会い、川元支店長らとの話し合いの内容をとらえて説明を求めたが、同部長は、保証契約を締結した以上保証人としての責任がある点は仕方がないとの説明に終始した。そこで、原告はさらに近畿財務局に相談に赴いたが、明確な回答は得られなかつた。そのうち被告が原告の所有不動産に強制執行する旨の姿勢を示したことから、原告は保証契約の有効性について疑念を抱きながらも、やむを得ず本件各支払をなしたものである。
右認定事実によれば、本件各支払をなすに当たつて、原告が保証債務の支払義務がないことを認識していたとすることはできない。
以上のとおりの理由で抗弁2も採用できない。
五(まとめ)
1 以上検討したところによれば、本件保証契約は原告の錯誤によつて無効であり、原告は不当利得返還請求権に基づき、保証債務の履行として支払つた合計二〇四八万九〇〇八円と、これに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一二月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができることになる。
2 よつて、原告の本件請求はすべて正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言については相当ではないのでこれを付さないこととし主文のとおり判決する。
(裁判官高橋文仲)